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小野塚 晃 AKIRA ONOZUKA

 1967年7月29日生まれ。6歳からエレクトーンを始め、中学生の頃には独学でピアノを弾き始める。18歳でスタジオワークをスタート。19歳からはTUBEを始め、数多くのLIVE TOURでキーボーディストをつとめる。
 
 シンセサイザーからオルガン、ピアノまでジャンルにとらわれないプレイで、B'z、大黒摩季、ZARDなどのJ-POPアーティストから、塩谷哲、渡辺貞夫などのJAZZアーティストまで幅広くレコーディングに参加。
 
 1992年4月、増崎孝司(g)、勝田一樹(sax)とともに、フュージョンユニット『DIMENSION』を結成。最新作は2016年10月発売の『29』。国内外のライブ活動も積極的に行なっており、そのハイペースな活動はとどまる所を知らない。
 
 1995年からは渡辺貞夫グループのキーボードを担当。1998年のモントルージャズフェスティバルをはじめ、アジア、アフリカ、ヨーロッパと世界各地、多数の海外公演に同行している。
 
 2004年10月には初のソロアルバム“CHINITA”(チニタ)をリリース。2005年11月には三好“3吉”功郎とのDUOアルバム“First Touch”をリリース。2010年7月にはセカンドソロアルバム“Rera”(レラ)をリリース。そして2015年7月に3枚目のソロアルバム”Kanto〜大空へ〜”をリリース。
 
 多方面のミュージシャンと精力的なLIVE活動を行う傍ら自己のピアノトリオで自身の音楽を追究している。

プロになるまで

 1967年7月29日生まれ。AB型。あまりにも可愛い赤ちゃんだったので、近所の人から「あら〜可愛い女の子ねぇ〜」と言われてスクスク育つ。幼少の頃から相当に凝り性というかハマりやすい性格だったらしく、幼稚園の頃自宅前から100m以上、道路にチョークで数字を書きなぐった話は一部で有名らしい。
 音楽は兄の影響でヤマハエレクトーン教室に6才から通い始めたのがきっかけなのだが、教室の廊下で野球やドッチボールをしたりとそれなりにやんちゃボウズだった。
 小学校に入ると当時流行っていたピンクレディーを歌う女の子達の伴奏で引っ張りだこというファーストコールのスタジオミュージシャンのような生活に。記憶が正しければ小4の頃からジャズに目覚め小5でバンド初体験。小6の頃はタワーオブパワーに夢中という友達の少ない小学校生活を送る。
 中学に入ってもその勢いは衰えず、ますます音楽にのめり込む事になる。3年には放送委員長にまで登り詰め、その職権を悪用し給食中の校内放送では毎日ジャズをかけていた。その当時、下校の音楽に選んだのが貞夫さんの“マイディアライフ”だったのだが、それからおよそ20年後まさか御本人とこの曲を演奏するとは…。人生ってわかりません。
 もう高校なんて行かなくて良いから早く音楽の仕事がしたい!と思うも親の説得により高校だけは行く事に。フォーク同好会という良くわからないサークルに身を置き仲間とのバンド活動に明け暮れるのはもちろんの事、地元の社会人バンドにも顔を出すようになる。高3の時お手伝いしていたバンドがひょんなことからボーカリスト高村亜留のバックバンドをする事になってこの世界に入る。世の中はまだバブルの崩壊が表面化していない時代、仕事はやたらあって高校卒業も危ぶまれたが何とか卒業出来た。
 
 こんなに音楽漬けの人生なのだが、趣味はコンピューターとアウトドア(キャンプ)という事になる。コンピューターの方は音楽制作と密接に関わっているので理解しやすいと思うが、アウトドアはというと幼少の頃の実家の周りの環境が影響しているのだと思う。今でも東京のど真ん中は苦手だ。かといってアウトドアに精通している訳ではない。むしろヘナチョコなのだが自然や田舎を愛する気持ちは誰にも負けないつもりだ。
 
 自然の中で出会った素晴らしい風景や素敵な人との出会いから音楽が生まれる事もある。だから………、お休みだけは外人並みに下さい!!